小梅田圃で、極月十日の星月夜の中に、藪や林が立っている。
二
「これは驚いた」と小一郎は、思わず足をピタリと止めた。
「いかに考えて歩いたとはいえ、小梅田圃へ出ようとは! こいつ狐につままれたかな?」
いやそうでもなさそうである。
「寒い寒い、急いで帰ろう」歩き出したがまた考えた。「だが全く竹刀《しない》の先で、ポンポン打ち合った剣術は、実戦の用には立ちそうもないなあ。……人間一人サ――ッと切る! 手答えあって血の匂い! ヒーッという悲鳴、のた[#「のた」に傍点]打つ音! ……悪くないなあ悪くないなあ。……一度辻切りをして見たいものだ」
ふと小一郎は誘惑を感じた。
「切るにしても女や町人はいけない。うんと[#「うんと」に傍点]屈竟な武士に限る!」
考えながら歩いて行く。と、行手に藪があり、ザワザワと風に戦《そよ》いでいる。その、裾辺まで来た時である、
「む、こいつは可笑《おか》しいぞ」小一郎はスッと後へ退《の》き、ジ――ッと藪を隙《す》かして見た。
何んにも変ったことはない。が、小一郎には感ぜられるらしい。小首を傾《かし》げたものである。
「どいつかいるな!
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