になった阪東小篠は、心の中で呟いた。
「南部さんにも云ったものさ。人一人お切りなさいましと。……妾《わたし》のためにお侍さんが、罪もない人間を叩っ切る! ああどんなにいいだろう! そこまで妾に惚れてくれなければ妾の方だって惚れてはやらない。お二人の中でサアどっちが、希望《のぞみ》を叶えてくれるかしら? いい見物だよ、待っていよう」
桔梗茶屋を出た小一郎は、考えながら歩いて行く。
「小篠という女、俺は好きだ。美しい上に惨酷性がある。完全な女というものさ。惨酷性のない女なんか、女ではなくて雌だからなあ。……それにしても随分|手強《てごわ》い女だ。俺は半年も呼びつづけたかしら? それで未だにうんと云わない。……その上とうとう本性を現わし、人を切れなどと云い出してしまった。……いかにあいつのためとは云え、罪もない人間は切れないなあ。……そう云っても人を切らなければ、手に入れることは出来ないだろう。……そうしてまごまごしている中に、あの恋仇の南部奴に、かっ[#「かっ」に傍点]攫われまいものでもない。こいつだけはいかにも残念だなあ。……それはそうとここはどこだ?」
四辺《あたり》を見廻わすと
前へ
次へ
全229ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング