た。「悪縁でござるな、貴殿とは! 一人の河原者を争って、小梅田圃で切り合ったばかりか、どうやら今度は姿さえ知れない、美しい声の持ち主を、争わなければならないようで。……と云うとあるいは貴殿には、さようなものはとんと[#「とんと」に傍点]存ぜぬ。争いの種を阪東小篠、ないしは神秘な昆虫館……などと云われるかも知れないが、何んの何んの、そんなことはござらぬ。小梅田圃で聞いた声、あの美しさを耳にしては、どんな人間でも引き付けられますて。現に」と云うと集五郎は、好色漢らしい厭らしい、不快な笑いを浮かべたが「現に」ともう一度、繰り返した。「拙者においても引き付けられ、その声の主を目付けようと、ここまで出張って来たほどでござる。で、貴殿におかれても、やっぱり美しい声の主を、探しに来られたに相違ござらぬ。狂いましたかな。この眼力! ……だがそれにしてもこんな所で、貴殿にお逢いしようとは、いささか意外でございましたよ。そこでいよいよ悪縁と云う、この言葉がピンと響きますて。……が駄弁はこのくらい。……方々!」というと集五郎は、味方の勢《ぜい》を振り返った。

        十一

 味方を振り返った集五
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