だが、にわかにシーンと体を沈め、ヒョイと踏み出したは右の足だ、膝から曲げて左足を敷き、曲げた膝頭の上二寸、そこへ刀の柄をあて、斜めに枝を張ったように、開いて太刀を付けてしまった。得意の構えだ、下段八双。棒の「掻《か》い手《で》」から編み出された鐘巻流では必勝の手。さてそれからユルユルと、頭《こうべ》を巡らすと右手を見た。が、はたして一ツ橋家の武士ども、岩角を巡って現われたが、以前に懲りたか遠廻わりをし、タラタラと正面数間の彼方へ、一列に並んで構え込んだ。
「ほほう来たな」と呟いたが、小一郎は頭を巡らすと、左手の方をゆるやかに見た。思った通りだ、岩角を巡り、一旦逃げた一ツ橋家の武士ども、同じく遠廻わりに廻わりながら、タラタラと正面数間の彼方へ、一列を作って立ち並んだ。
つと進み出た武士がある、「一式氏」と声を掛けた。余人ではない。南部集五郎だ、年の頃は二十七、八、赧《あか》ら顔で大兵肥満、上身長《うわぜい》があって立派である。眉太く、眼は円《つぶら》、鼻梁長く、口は大きい。眉の間に二本の縦皺、これがあるために陰険に見える。「一式氏」ともう一度呼んだが、嘲笑《あざわら》うように云いつづけ
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