足が早まる。だが息切れのしないように、丹田へ力をこめている。
「考えてみればあぶなっかしい[#「あぶなっかしい」に傍点]ものだ」小一郎は心中で考えた。
「案内知らぬ森の中を、こんな塩梅《あんばい》にただむやみと、上へ上へと上がったところで、そのあるという大池へ、辿りつくことが出来るかしら? そうしてはたして大池の畔《ほとり》に、昆虫館があるかしら? 幸い大池と昆虫館とを目付け出すことが出来たとしても、あの美しい声の主を、発見することが出来るだろうか? ……だがマアそいつ[#「そいつ」に傍点]は考えまい。ただ歩くんだ歩くんだ! ただ進むんだ進むんだ!」
 そこでズンズンと突き進んだ。と、森の木がまばらとなり、小広い一つの空地へ出た。一座の大岩が聳えている。
「はてな?」とその時小一郎は足を止めて耳を澄ました。その大岩に反響し、人の足音が聞こえたからである。どうやら大岩の向こう側から、こっちを目指して来るらしい。一人や二人の人数ではない。十五、六人の人数である。
「一ツ橋家の侍ども、ははあさてはやって来たな。さてどうしたものだろう?」――こうなっては他に思案もない。逃げるかもしくはぶつかる
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