は夢のようであった。魘《うな》されていると云った方がいい。何が何んだか解らなかった。解っているのは次のことであった。
 夕方叔父の屋敷から出て、隅田の流れを見ていると、突然背後から猿轡《さるぐつわ》を噛まされ、おりから走って来た駕籠に乗せられ、誘拐されたということである。誘拐されたと感付いたので、小指を食い切り血をしたたらせ、懐紙へそのことを認めて、持ち物へそれを巻き付けて、幾個《いくつ》か落としたということである。

        三十三

「それでは妾を誘拐《かどわか》したのは、雌雄二匹の永生の蝶々の、ありかを云わせようためだったのか。……でも妾はありかは知らない。雌蝶の方はお父様が、昆虫館から放してしまった」――で桔梗様は当惑した。と云って黙ってはいられなかった。いつまでも黙っていようものなら、杖の先で顔を突かれるだろう。突かれたら顔へ穴が穿《あ》こう。トロトロに顔が融かされよう。
 そこで桔梗様は云ったものである。
「存じませんでございます」それから正直に云いついだ。「雌雄二匹の蝶の中、雄蝶は盗まれてしまいました。随分探しましたが、目付けることは出来ませんでした。雌蝶の方はお
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