ある。
 その他には音はない。部屋内は気味悪く静かである。
 気丈で無邪気な桔梗様にも、この光景は恐ろしかったらしい。
「ここはいったいどこなんだろう」顫え声で呟いたものである。
 と、すぐに声がした。「錬金部屋でございます。女方術師|蝦蟇《がま》夫人、その本名は冷泉華子、その人の部屋でございます。……所は海岸、芹沢の郷、……江戸の中ではございません。……建てたお方は一ツ橋様! そうしてあなた様は囚人《とらわれびと》で、逃げようとなされても逃げられません。……そうして妾こそその華子なので。でも恐れるには及びません。無益に危害は加えません。……で、お答えなさりませ、これから妾のお訊きすることに!」
 彫像が物を云ったのである。

        三十二

 釜の横に立っていた女の彫像、それが物を云ったのである。いやいや彫像ではなかったのであった。蝦蟇夫人事華子なのであった。
 桔梗様が気絶から蘇甦《よみがえ》るのを、それまで待っていたのらしい。
 と、華子は一足出た。閉じていた眼が見開かれている。結んでいた口が綻びている。眼には針のような光がある。捲くれた唇から見える歯にも、刺すような冷
前へ 次へ
全229ページ中128ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング