にその次の瞬間であった。
「しまった!」と小一郎は呻いたが、要害さえも解っていない、敵は目に余る大勢である、飛び道具さえ持っている、どうする事も出来なかった。
「ううむ、残念、軽率であったぞ」
摺り足をして後退《あとじ》さる。
築山を背負い、木立を楯に、膝折り敷いて下段の構え、小一郎は備えは備えたものの、どうにも勝ち目はなさそうである。
月が明るいので敵勢が見える。自分の姿も見えるだろう。
とパッチリ音がした。すなわち弦返りの音である。敵の一人が射たらしい、征矢《そや》が一本月光を縫い、唸りを為《な》して飛んで来た。
際どく飛び違って小一郎は、刀を上げて払ったが、すぐに続いてもう一本!
あぶない、あぶない、あぶない、あぶない! ……だがこの時リーンという、微妙な音色の聞こえたのは、いったいどうしたというのだろう?
三十一
ここは館の一室である。――
一人の女が仆れている。
髪がグッタリと崩れている。裾が淫りがわしく乱れている。死んでいるように動かないが、決して死んでいるのではない。幽かながらも呼吸をしている。どうやら気絶をしているのらしい。誰だろう
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