…桔梗様は? 桔梗様は?」
 血刀を下げて小一郎が、館の方へ走ろうとした時、詰所らしい建物の雨戸が開き、数人の武士が現われた。屋内から射す燈火で、ぼんやりと輪廓づけられている。
「騒々しいの、何事でござる」
 一人の武士が声をかけた。衆の先頭に身を乗り出し、縁側の上に立っている。まさしく南部集五郎であった。
 早くも見て取った小一郎は、新しく怒りを燃え立たせたが、「集五郎!」とばかり走り寄った。「拙者だ、拙者だ、一式小一郎だ! ……卑怯姦悪未練の武士め! よくも桔梗様を誘拐《かどわか》したな! 出せ出せ出せ! 桔梗様を出せ!」
 血に塗られた一竿子忠綱を、突き出すとヌッと迫《せ》り詰めた。
「おっ、いかにも汝《おのれ》は一式! やあ方々!」と集五郎は、仰天した声を張り上げたが、「一式小一郎、田安家の家臣、我々の秘密の道場へ、潜入致してございますぞ! 出合え出合え! 打って取れ!」
 幾棟か館が建っている。その幾棟かの館の戸が、声に答えて蹴放され、槍を持った武士、半弓を持った武士、捕り物道具を持った武士が、ちょうど雲でも湧くように、群れてムクムクと現われて、小一郎をおっ取り囲んだのは、実
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