郎ではあったが、怒りでそれさえ失ってしまった。
「三人血祭りに叩っ切り、その上で家内へ切って入り、桔梗様をこっちへ取り返してやろう」
 身を平《ひら》めかすと背をかがめ、暗い木蔭を伝わったが、行手へ先廻わりをしたのである。
 築山があって築山の裾に、石楠花《しゃくなげ》の叢が繁っていた。無数に蕾を附けている。蔭へ身を隠した小一郎は、刀の鯉口をプッツリと、切り、ソロリと抜くと左手を上げ、タラリと下がった片袖の背後《うしろ》へ、右手の刀を隠したが、自然と姿勢が斜めになる、鐘巻流での居待《いま》ち懸《が》け、すなわち「罅這《こばい》」の構えである。
「来い!」と心中で叫んだが、「一刀で一人! 三太刀で三人! 切り落とすぞよ、アッとも云わせず!」
 ムッと気息をこめた時、ヒョッコリ一人現われた。
 それを見て取った小一郎は、斜めの姿勢を閃めかし、正面を切ると肘を延ばし、一歩踏み出すと横払い! 四辺が木立で暗かったので、ピカリとも光りはしなかったが、狙いは毫末も狂わない、耳の下からスッポリと、一刀に首を打ち落とした。
 と、切られたその侍であるが、そこだけは月が射していた、その中でちょっとの間立
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