人殺しのあった側の屋敷、その玄関から聞えて来た。扮装だけはシャンとしているが、顔に無数の痘痕のある可成り醜い男が立っている。
「はい」と現れたのは小間使い「何かご用でございますか?」
「突然で不躾ではございますが、もしやお屋敷の庭の隅に、朱盆が落ちてはおりませんでした?」
「しばらくお待ちを」と這入って行った。
引き違いに現れたのは一人の令嬢、「※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]たけた」という形容詞が、そっくり当て篏まるような美人であった。
「おたずねの品物、これでございましょう」
差し出したのは一面の朱盆。
「へい、さようで」
と醜い男じっと朱盆を眺めやった。
何んて微妙な深紅の色だ! 金短冊が蒔絵してある。そうして文字が書かれてある。
「こひすてふ」という五文字である。百人一首のその一つの、即ち上の五文字である。
男、ヒョイと令嬢を見た。と、チラチラと眼の中へ、狂わしい情熱の火が燃えた。
「ご免下さい」と行ってしまった。
ところがそれから数日経ち、同じようなことが行われた。
同じ場所で、手代風の男が、スポリと一刀に切られたのである。切り仆した
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