四
半九郎が帰ると岡引の岡八、フラリと皆川町の家を出た。
「いや、いい話を耳にした、お縫様屋敷もさることながら、こっちの事件に役立ちそうだ。棚からぼた餅といわれているが、何んの当世棚を覗いたってぼた餅なんかァありそうもねえが、今日はそいつにありついたってものさ、そうはいっても俺の考え、間違っていりゃァ別だがな」
押し詰った十二月の中旬真昼。歩いている人間が足ばかりに見える。そんなにも急がしく歩いている。そうかと思うと眼ばかりに見える。そんなにもキョロキョロあわただしい。天気はよいが風は強い家々の暖簾《のれん》が刎《は》ねている。
賑かな町通りへやって来た。
「よしこの辺から探してやろう」
「ごめんよ」といって這入ったのは、店附の立派な古物商。
「へい、いらっしゃい」と小僧の挨拶、そんなものへは返辞もせず、ズンズン奥へ通って行った。
主人であろう、皮肉そうな爺が、獅噛《しがみ》火鉢にしがみついている。
「へい、いらっしゃい」と上眼をした。冷かし客か買う客か、上眼一つで見究わめるらしい。
「染吉の朱盆ありますかえ?」
「へ、染吉?」ときき返したが「お生憎さまで、ございませ
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