あった。
 流石《さすが》に正成もハッとしたが、
「これは大将御内の者でござるが、道に踏み迷うてかくの通り」
 と、早速に云い放して足を早めた。
「怪しい曲者」
「射て、討ちとれ!」
 声に応じて弦鳴《つるな》りがし、正成の左臂に矢があたった。
(南無三宝)
 と正成は思った。
 が、不思議にも矢が立っていない。
(はてな?)
 と思いながら数町走り、そこで初めて臂を調べてみた。
 日頃信じて読誦《どくじゅ》し奉る、観音経を入れた守袋に、矢の立った痕《あと》があらわれていた。
(神仏の加護)
 と正成は思った。
(神の界に属しまつる宮方に、お味方仕るこの正成に、神仏の加護あるは必定か、それにいたしても忝《かたじ》けなし)
 こう思わざるを得なかった。
 二十町あまりも落ちのびた時、今まで籠城していた赤坂城に――寄手の関東勢二十余万人を、釣塀《つりべい》、投大木、熱湯かけ[#「かけ」に傍点]で、防ぎ苦しめた赤坂城に、焔《ほのお》が高く上ったのが見えた。
(穴の中の死骸の焼けたのを見て、正成自害したと思うであろうよ)

       二

 一里あまりも落ちのびた時、行手に数人の人影が見え
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