段で夫れも立派な旗本が一人、芝の御霊屋《おたまや》の華表《とりい》側で切り仆されたではありませんか。
そうして矢張り切手の侍は何処へ行ったものか姿は見えず、「カーッ」と掛けた掛声ばかりが、往来の人の耳の底に残って居るばかりでありました。
江戸の治安を司る町奉行の驚きは何《ど》んなだったでしょう。以前にも優して厳重に兇徒の行方を探がされたことは云う迄も無いことで厶《ござい》ます。併し依然として行方が知れぬ。そして遂々永久に行方が知れなかったので厶ます。とは云え世人の噂に依れば、これこそ赤格子九郎右衛門が、怨みある敵を討ち果たしたので、その神速の行動は即ち忍術の奥儀でありその精妙の剣の業は即ち居合の秘術であると。
噂は事実でございました。九郎右衛門の死後その手記に、その事実が記されてあったそうです。」[#「そうです。」」は底本では「そうです。」]
三
以上は「緑林黒白」中の、逸話の一節を書換たものであるが此時は既に九郎右衛門は七十一歳になっていたそうで、其の老体を持ちながらそれ程の働きの出来た所を見ると、確かに居合は名人であったらしい。
偖《さて》、それほどの剣技を
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