掛声です。
 その掛声の鋭いことは、歩いていた人達が立ち止まった程です。一体「か」という此音は喉的破裂の音と云って舌の後部を軟口蓋に接し一気に破裂させる鋭い音ですが不思議のことには剣道の方では殆ど此音を用いません。いずれ理由はあるのでしょう。
 ところが雑踏の浅草境内の加之《しかも》真昼間往来中でこの掛声が掛かったのです。そうして何んと不思議な事には、いまし方迄歩いていた編笠を冠った其侍の姿が、見えなくなったではありませんか。つまり掛声が掛かると一緒に姿が見えなくなったのです。そうして胆の潰れることには朱に染まった三人の武士が斃れているではありませんか。三人ながら只一刀に脳天を割られているのでした。
 この白昼の兇変は瞬間に江戸中に伝わりまして大変な評判になりました。その侍こそ怪いというので南北町奉行配下の与力や、同心岡引目明まで、揃って心を一つにして其詮策に取り掛かかりましたが一向手掛かりもありません。
 旗本や御家人や勤番侍などへ夫れと無く探り入れても見ましたが、香ばしいこともありません。かいくれ目星が付かない中にどんどん日数が経って行って一月余りも経ちました。其の時、全然同じ一手
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