っている瞬間だけは、人間を変じて木石とも為し、又、鼠とも大蛇《おろち》とも蛛蜘とも為ることが出来るのです。――封じた気息は遂には洩れる! その洩れる時が大切です。私は徐々《そろそろ》と足を運んで扉の方へ参りました。そこに相手の居ないことは余りに明らかの事実です。ハッと切込んだ一転瞬に、ヒラリと体を変化させて、居所を眩すのが常道で、その常道の隙を狙って、逆に其方へ飛び込んで行くのが、忍術の奇道なのでございます。果して戸口には居ませんでした。そこで私は次の術――即ち、木遁の一手であって身を木の形に順応させ而《そうし》てその木と同化させる所の所謂「木荒隠形《もくこういんぎょう》」の秘法。それを使ったのでございます。易い言葉で申しますと、木目と同じような姿勢を作り、樹木と同じ心持ちとなる。――要するに是なのでございます。

     七

 私は実に此時まで、刀は抜かなかったのでござります。刀には刀の気息があって俗に刀気と申しますが、殺気と申しても宜敷《よろしい》でしょう。
 でその刀気はある場合には、相手を威嚇する武器として非常に役立つのでございますが、又反対に或場合には身の禍ともなるのでし
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