」
「あいや、息の根止められましては、却って困難致しますゆえ‥…」
「左様であったの、では深手を、死なぬぐらいに付けると致そう」
それから私は彼の後に従いて、狭い険しい階段を船底へ下りて行ったのでした。下り切った所に閂《かんぬき》を掛けた厳重な扉がございましたが、その中にこそ目指す相手が籠って居るのでござりました。
私を此処まで導いて来た覆面をした年長の水夫が燈火を持って立ち去った後は、一点の燈火も無い真の闇で、扉も閂も見えはしません。その中で私は暫くの間、深い呼吸をして心気を沈め、やおら手探りに閂を外し、その瞬間に身を躍らせて、真直ぐに室の中へ突き入りました。果して私の背を掠めて、正しく扉口の左側から切り込んで来た太刀風が、鋭く横顔に感じましたが、既に其時は機先を制して私は室の中に居たのでした。そして私は思いました。恐らく是迄の九人の勇士は、この一刹那の機を誤って、あの鋭い一太刀の為めに空しく生命を失ったのであろうと。
私は室の真中に呼吸を封じて立っていました。是ぞ忍術《しのび》の奥儀の一つ、生身を変じて死身にする「封息」の一手でございます。少くとも左様やって呼吸を封じて、突立
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