うな人間を見ると、それだ[#「それだ」に傍点]と直ぐに感付いたのでした。
 ところで「黒仮面船」の水夫達は、そうやって室へ這入って来ましたけれど、別に乱暴をするでも無く、室の片隅に佇んだまま只じっと四辺を見てるのでした。ところが夫れが店の客達に執っては、却って気味悪く思われるのかして、一人去り二人去り何時の間にか、皆立ち去って了いました。そうして私と東六とだけが後へ残されて了いました。
 そのうち東六も恐ろしくなったか私に帰船を進め出しました。併し私は帰りませんでした。「何者か正体を見届けてやろう」――斯ういう思惑がありましたからです。
 そこで私は平然と柘榴酒を傾けて居りました。すると、彼等は私を眺め乍ら、暫く囁いて居りましたが、俄に近寄って参りました。そうして、私達を取り囲みましたが、年長らしい一人の男が、明瞭《はっきり》した正確《ただし》い柬埔寨語で、斯う私に話し掛けました。
「貴郎達は私達をご存知無いと見える。それとも私達を承知の上で、尚此処に残って居られるのなら、貴郎方は非常な勇士で厶る」と、
「申す迄も無く承知の上でござる!」私は此様に云ってやりました。「方々は近頃噂の高い、黒仮面船の水夫衆でござろう。拙者は日本《ひのもと》の武士でござれば、如何なる者をも恐れは致さぬ!」
「天晴れお言葉! 如何様勇士じゃ!」彼等は急に態度を改め、極わめて慇懃になりましたが「そのお言葉にお縋り申し、是非共お願い致し度き儀ござれば、我等とご同行下さるまいか!」――「日本の武士は死をだに辞せず、ましてお頼みとあるからは喜んでお供致しましょうぞ」――「それは千万忝のうござる。然らばご案内……」――「心得申した」
 こんな具合に、この私は、引き止める東六を船へ追い返えし、彼等の後に従って、酒場から出たのでございます。彼等は暗い方へ暗い方へと私を導いて行きました。そして浜の方へ行きました。ものの半刻も経った頃、私達は海岸へ参りましたが、見渡す限り海上は墨のように真黒です。背後は嶮山左右は巉岩《ざんがん》、そうして前は大海です。空には月も星も無く、嵐に追われる黒雲ばかりが海の方へ海の方へと走って行くばかり、真に物凄い場所でした。
 と、一人の黒仮面の男が、手に持っていた松火を高く頭上に差しかざし、海に向かって振りました。すると、眼前の海の底から、ゴーゴーという音が響き渡り、巨大な岩と
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