赤格子九郎右衛門
国枝史郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)金限《かねもち》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)是迄|幾個《いくつ》かの
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「水/(水+水)」、第3水準1−86−86]々《びょうびょう》
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一
江川太郎左衛門、名は英竜、号は坦庵、字は九淵世々韮山の代官であって、高島秋帆の門に入り火術の蘊奥を極わめた英傑、和漢洋の学に秀で、多くの門弟を取り立てたが、中に二人の弟子が有って出藍の誉を謳われた。即ち、一人は川路聖謨、もう一人は佐久間象山であった。象山の弟子に吉田松陰があり、松陰の弟子には伊藤、井上、所謂維新の元勲がある。
所で江川太郎左衛門には一人の異色ある弟子があった。それは金限《かねもち》の御家人の伜で、宮河雪次郎と宣《なの》る男で後年号を雪斎と云った。この雪次郎は面白いことには、江川塾へ這入ったものの、別に砲術を究めるでもなく、又蘭学を学ぶでもなく、のらりくらり[#「のらりくらり」に傍点]としていたが、俄然一書を著わした。即ち、「緑林黒白」である。
この「緑林黒白」こそは、日本、支那、朝鮮に輩出した巨盗大賊の伝記であって、行文の妙、考証の厳、新説百出、規模雄大、奇々怪々たる珍書であったが、惜しい事には維新の際、殆ど失われたということである。つまり兵燹《へいせん》に焼かれたのである。
然るに夫《そ》れを、偶然のことから、私は完全に手に入れた。何んという好運であったろう。そこで私は夫れを材料《たね》として、是迄|幾個《いくつ》かの物語を諸種の雑誌へ発表したが、今回は赤格子九郎右衛門に就き、「緑林黒白」に憑拠して考察を加えて見ようかと思う。
先ず第一に云って置き度い事は、私の物語に現れて来る、快男子赤格子九郎右衛門なる者は、従来の芝居や稗史小説で、嘘八百を語り伝えられて来たその人物とはあらゆる点に於て、大いに相違があるという事である。その最も著しい点は、彼の現れた時代である。彼は小説で云われているような享保年間の人物では無く実に豊臣の晩年から徳川時代の初期にかけて、内外に勇名を轟かせた所の、堂々たる一個の武人なのである。
而《そし》て又
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