うに唄をうとうている」
卜翁は機嫌よく呟いた。
とミシリと音がする。
「お袖ちょっと見て参れ!」
「はい」と云って立ち上り廊下の方へクルリと向く。背後《うしろ》姿に眼を付けた卜翁。
「おっ! 白糸!」と声を上げた。
とたんに「エイッ」と鋭い掛声。障子を貫いた削竹《そぎたけ》がお袖の喉に突立った。
やにわに刀をひっさげて。
「曲者!」と卜翁は飛び上る。
「あッ」という苦痛の声。続いて「むう」と云う唸り声が廊下にあたって聞こえてきた。
颯《さっ》と卜翁は障子を開けた。その眼前《めのまえ》の廊下の上にのた[#「のた」に傍点]打っているのは忠蔵である。我と我喉を削竹で裏掻くまでに突き刺している。片手にもったは封無しの書面。「ご主人様へ」と血で書いてある。
卜翁はつと[#「つと」に傍点]取り上げた行燈の燈で読んで行く。
――こういう意味のことが書かれてある。
我《わたし》は賊でございます。海賊赤格子九郎右衛門の娘本名お粂、今の名はお菊、すなわち殿様のご愛妾、お菊殿の一の乾児、海蛇の忠蔵とは私のこと。殿様のお命を害《あや》めんためお菊殿共々お屋敷へ住み込み、機会を窺って居りました次
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