日に限って一向にお逸《はず》みなされませぬな。さてはお酌がお気に召さぬそうな」
「なんのなんの飛んでもないことで。お菊様の進め上手に、つい平素《いつも》より度をすごし、眼は廻る、胸は早鐘、苦しんで居るところでございますわい」
鈴木利右衛門はこう云いながらトンと額を叩いたものである。
「お菊お菊、構うことはない、どしどし酒を注いでやれ。何の鈴木がまだ酔うものか」
卜翁は大変なご機嫌でこうお菊をけしかけ[#「けしかけ」に傍点]た。
今日は五人の年始客は、卜翁が役に居った頃部下として使っていた与力であって、心の置けない連中だったので、酒が廻るに従って、勝手に破目を外し出した。袴を取って踊り出すものもあればお菊の弾《かな》でる三味線に合わせて渋い喉を聞かせるものも出て来た。それが又卜翁には面白いと見えてご機嫌はよくなるばかりである。
騒ぎ疲労《つかれ》て静まった所で、ふと卜翁は云い出した。
「……御身《おみ》達いずれも四十以上であろうな。鈴木が年嵩で六十五か。……年を取ってもこの元気じゃもの壮年時代が思いやられる。……さればこそ一世の大海賊赤格子九郎右衛門も遁れることが出来ず、御身達の
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