殿様、今夜は漁《と》れましょうぜ。潮の加減でわかりまさあ」
ギーギーと櫓を漕ぎながら漁師は元気よく云うのであった。
「おお漁れそうかな。それは有難い網の上らぬほど漁りたいものだ」
船の中から老武士が髯を撫しながら悠然と云った。それは志摩卜翁であった。
「殿様、塩梅《あんべえ》が悪いそうだね」
「どうも体がよくないよ」
「若い女子ばかり傍《そば》へ引き付け、あんまり不養生さっしゃるからだ」
「アッハハハこれは驚いた。すこし攻撃が手酷《てひ》どすぎるぞ。とは云え確かに一理はあるな。実は俺も考えたのじゃ。どうも運動が足りないようだとな。そこで投網《とあみ》をやりだしたのさ」
「投網結構でございますよ。いい運動になりますだ。……おおもうここは木津川口だ。そろそろ網を入れましょうかな。あッ、畜生! これは何だ!」
「どうした?」と卜翁は膝を立てた。
「お客様だア! 土左衛門でごわす!」
不思議な邂逅
「なに、水死人だ? それ引き上げろ!」
卜翁は烈しく下知をした。そうして自分も手伝って若い女の死骸を上げた。
「漁は止めだ。船を漕いで一刻も早く陸へ着けろ」
「へえへえ宜敷うござります」
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