「ああその事でござんすか。……何と申してよろしいやら。……」
 袖で顔をかくしたが、
「こういう寂しい場所へ出て客を引くのが妾の商売、……妾は夜鷹でござんすよ。――どうやら吃驚《びっくり》なされたご様子。決してご心配には及びませぬ。心は案外正直でござんす。……実は難波桜川で、はじめてのお客を引きましたところ、わたしの初心《うぶ》の様子を見て、かえって不心得を訓しめられ、一朱ばかり頂戴し、別れた後で往来を見れば、大金を入れた革財布が……」
「おお落ちて居りましたか?」
「中味を見れば二百両」
「え、二百両? むうう、大金!」
「はい、大金でございますとも。すぐに後を追っかけて、ここまで走って来は来ましたが……」
「見付かりましたか、落し主は?」
「いいえ、それがどこへ行ったものか、見失ってしまいました」
「それでは財布はそっくり[#「そっくり」に傍点]その儘……」
「妾の懐中《ふところ》にござんすとも」
「おやまアそれはいい幸い、どれ妾に障《さわ》らせておくれ」
 グイと腕を差し延ばすと、夜鷹の胸元へ突っ込んだ。
「あれ!」と云う間もあらばこそ、ズルズルと財布は引き出された。
「それじ
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