ん九郎右衛門殿を、千日前で首にしたとは、どっちから見たって見えないじゃないか、……今じゃ罪も憎気もない髯だらけの爺さんだよ」
「全く人間年を取ってはからしき[#「からしき」に傍点]駄目でござんすね」
「生命《いのち》を狙う仇敵《てき》とも知らず、この日頃からこの妾をまアどんなに可愛がるだろう」
「うへえ、姐御、惚気ですかい」
「と云う訳でもないんだがね、今も今とてこの毒薬を薄々感付いて居りながら、妾がふっ[#「ふっ」に傍点]と怒って見せたら笑って機嫌よく飲んだものだよ」
「南蛮渡来の眠薬に砒石を雑ぜたこの薄茶、さぞ飲み工合がようござんしょう」
「一思いに殺さばこそ、一日々々体を腐らせ骨を溶解《と》かして殺そうというのもお父様の怨みが晴らしたいからさ」
「しかし迂闊《うっか》り[#「迂闊《うっか》り」は底本では「迂闊《うっかり》り」]油断するとあべこべ[#「あべこべ」に傍点]に逆捻を喰いますぜ。……大方船出の準備も出来、物品《もの》も人間《ひと》も揃いやした。片付けるもの[#「もの」に傍点]は片付けてしまい、急いで海に乗り出した方が、皆の為じゃありませんかな」
「それも一つの考えだが、ま
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