だこの妾には品物が少し不足に思われてね」
「何も買入れた品物じゃなし、資本《もとで》いらずに仕入れた品、見切り時が肝腎ですよ。そうこう云っているうちに、一人でも仲間が上げられたひにゃア、悉皆ぐれ[#「ぐれ」に傍点]蛤《はま》になろうもしれず……」
「おや一体どうしたんだい。お前も塩田の忠蔵じゃないか。莫迦に弱い音をお吹きだねえ」
お菊はニヤリと嘲笑った。
「姐御に逢っちゃ適《かな》わない。私《わっち》は案外臆病者でね。……そりゃ肩書もござんすが、この肩書の塩田というのが、そもそもヤクザの証拠でね、私の国は播州赤穂、塩田事業の多い所で、私の家もお多分に洩れず、山屋といって塩造、土地でも一流の方でしたが、鷹の産んだ鳶とでも云おうか、産まれながらこの私だけ、誰にも似ない無頼漢《やくざもの》、十五の時から家を抜け出し今年で二十年三十五歳、国へも家へも寄り付かず気儘にくらして居りましたところ、今から数えて十八年前、人の噂で聞いたところ、私の一家は海賊に襲われ、その時漸く五つになった妹のお浪たった一人だけ、乳母に抱かれて逃げたばかり後は残らず殺されたとか。……驚いても悲しんでも過ぎ去ったことはど
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