と下世話にもあるくらい、お前に行かれてなるものか。……とは云えどうもこの薄茶が……」
「お厭ならお捨なさりませ」
お菊はツンと横を向いた。
「アッハハハ、また憤《おこ》ったか。そう老人《としより》を虐めるものではない。せっかくお前の立てた薄茶、捨るなどとは勿体ない話。どれそれでは。いいお手前じゃ」
指で拭って前へ置き、その指を懐中《ふところ》の紙で拭いた。ともう睡気に襲われるのであった。
「プッ」とお菊は吹き出した。
「この寝顔のだらしなさ。昔の奉行が聞いて呆れるよ」
塩田の忠蔵身の上話
コツコツコツコツと部屋の襖を窃《そっ》と指で打つ者がある。
「忠さんかえ、お入りよ」……お菊は云いながら襖をあけた。
入って来たのは忠蔵である。
「姐御、首尾は? と云う所だが、首尾はいいに定《き》まっている。……さあソロソロ出かけやしょうぜ」
「あいよ」と云いながら立膝をして、煙草をパクパク吹かしている。
「忠さん、妾ゃア思うんだよ。まるで鱶《ふか》のような鼾をかいて、他愛なく寝ているこの爺さんが、十五年前はお町奉行でさ、長門守と任官し、稼人達に恐れられ、赤格子と異名を取ったほどの妾の父さ
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