つ」に傍点]をどこかへ持たせてやろうとする。……もう女房とは思わない! 俺を破滅へ落とし入れる、恐ろしい憎い悪党|女《あま》だ! ……この京助めが、手前も手前だ! あくまでも拒むとは途方もない奴だ! よこせ! 馬鹿めが! こうしてやろう!」
 突然パンパンという音がして、すぐに続いて悲鳴が起こった。
 勘右衛門が平手で京助の頬を、二つがところ食らわせて置いて、包物をグイと引ったくったため、京助が悲鳴を上げたのである。
 こうして、松倉屋勘右衛門は、包物を手中には入れたけれど、持ちつづけることは出来なかった。
 いつの間にどこから来たのであろうか、一見して放蕩《ほうとう》で無頼に見える、三十がらみの大男が、勘右衛門の側《そば》に突っ立ったが、顔立ちがお菊とよく似ていて、好男子であることには疑がいがなかった。左の眼の白味に星が入っていて、黒味へかかろうとしているのが、人相をいやらしい[#「いやらしい」に傍点]ものにしている。濃い頬髯を剃ったばかりと見えて、その辺りが緑青《ろくしょう》でも塗ったようであった。
 お菊の兄の弁太なのであった。
 その弁太が右手《めて》を上げたかと思うと、ポンと
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