―と云うそういう心持から、誘惑されたのでなさそうだからな」
「はい、その通りでございます。理由は無く誘惑されましたので」
「それはこういうことになるのだ。大金剛石のあの光は、『美』その物の最上的具現で、芸術的であったので、それで誘惑されたのだと。……金銭の事に関しても、勿論人は罪悪を犯す。が、そのための罪悪は、俗で非芸術的で不愉快だ。……ところで人間というものは、『美』のためにも罪悪を犯す。この方の罪悪は芸術的だ。……そこでこういうことが云われる。完全の美とか最大級の美とかは、阿片のように罪なものだ。と」
 その時一人のお小姓が、恭しく天目《てんもく》を捧げながら、襖をあけて入って来た。
 小姓を見ると碩寿翁は「おやッ」とばかりに声を上げた。
 と、すぐに一人の小間使いが、菓子盆を恭しく持って来て、二人の間へしとやかに置いた。
「碩寿翁」と笑いながら慶正卿が云った。
「京助はあの通りピンピンしている。今は俺《わし》の小姓になっている。……菓子を持って来た小間使いには、お前は覚えはなかろうが、声には覚えがあるはずだ。……お前が京助を殺そうとした時、一軒のみすぼらしい家《うち》の中で、俺と
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