って云って云ってやらなければならない。……それにしても帰りが遅いではないか! 芝居は夕方にハネたはずだのに。……酔った酔った俺は酔った!」
 庭をグルグルと歩きながら、酔っているらしい勘右衛門が、女房のお菊の芝居帰りの、あまりに遅いのに心を苛立て、門の内側で相手もないのに、そこに女房がいるかのように、怒鳴ったり喚《わめ》いたりしているのであった。
(なるほど、これではよくないことが、松倉屋の家庭へ起こるかもしれない)
 門外に佇んで勘右衛門の独語《ひとりごと》を、聞くともなしに聞いた宮川茅野雄は、こう思わざるを得なかった。
 尚も勘右衛門は門の内側で、酔ったあまりに思慮を失って、止める者のないのを幸いにして、怒鳴り声をつづけているようであったが、茅野雄には興味がなくなったので、怒鳴り声を聞きすてて歩き出した。
(抜け荷買いをした人間だそうだ。今でこそ三卿のご用達《ようたし》などと、上品に構えてはいるけれど、一つ間違うと兇暴になって何をやり出すかわからないというのが、松倉屋勘右衛門の本性らしい)
 茅野雄は歩きながら思ったりした。
(どれ急いで家《うち》へ帰ろう)
 こうして茅野雄が自宅
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