へ帰って、下男の弥助《やすけ》に迎えられて、自分の部屋へ入った時に、一つの運命が待っていた。
 飛脚が届けたという書面であった。
「夕方お飛脚が参りまして、この書面を置いて参りました」
 これが弥助の言葉であった。
「ほほうどこから来たのであろう? 俺のところへ書面を届けるような、親しい遠方の知人などは、どうにも俺にはなかったはずだが」
 呟きながらも宮川茅野雄は、文箱《ふばこ》をあけて書面を出して、静かに文面へ眼を落とした。
「お懐かしき茅野雄様、妾《わたし》は浪江《なみえ》でござります。あなたのたった[#「たった」に傍点]一人きりの、従妹《いとこ》の浪江でござります。浪江があなた様へお願いいたします。妾の処《ところ》へおいでくださいましと。妾の一家は五年前に、――あなた様が長崎へおいでになった時に、江戸を立ってこの地へ参りました。飛騨の国の高山城下から、十里ほど離れた山の奥の、丹生川平《にゅうがわだいら》という寂しい土地へ。……父も母も無事でござります。でも性質は変わりました。敵を持つようになりました[#「なりました」は底本では「なりした」]。で只今私達一族は、苦境にあるのでござり
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