うございます」
――他の旅籠屋へつけようとする。と、どうだろう、碩寿翁自身が、駕籠の中から云うではないか。
「これこれ駕籠屋どうしたものだ。先へ行く駕籠の入った旅籠へ、すぐこの駕籠をつけてくれ」
同じ旅籠屋へ泊まるのであった。
こうして道中をしているうちに、長崎へは行かずに飛騨の山中の、萩村の柏屋へ来たのであった。
さて今碩寿翁は行燈の側へ、膝を揃えて坐っている。
「この立派過ぎる原形のままでは、人に売ろうにも買い手があるまい。惜しいけれども割ることにしよう」
憑かれているような碩寿翁であった。こう声に出して呟くと、またも懐中へ手を入れたが、掌《てのひら》の中へ隠れるほどにも、小さい長方形の揉み皮張りの、小箱を取り出して膝の上へ置いた。すぐささやか[#「ささやか」に傍点]な音のしたのは、その箱の蓋《ふた》があいたからであろう。何が箱の中に入っていたか? 日本の国内では見られないような、精巧を極めた洋鑢《ようやすり》だの、メスだの錐《きり》だのの道具類が、整然として入っていた。
碩寿翁であったがメスを取ると、右手でメスの柄を握って、注意しいしい下へ下ろした。
下りて行くメス
前へ
次へ
全200ページ中139ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング