れからそっと襖《ふすま》をあけて、隣り部屋の様子を窺《うかが》った。
「隣り部屋には客がない」
で、安心したようであった。が、再びそろそろと歩いて、反対側の襖へ行くと、細目に開けて覗いて見た。
「有難い、この部屋にも客がない」
しかしそれでも不安心と見えて、廊下に向かった障子をあけると、顔を差し出して左右を見た。
「よし」――で、引っ返し、二度行燈の側へ坐り、両手を袂《たもと》から懐中《ふところ》へ入れた。
取り出したのは小箱であったが、真に美しい鯖《さば》色の光が、小箱の中から射るように射して、部屋を瞬間に輝やかした。
小箱の中を覗いている、老武士の顔の嬉しそうなことは!
この老武士は何者であろう?
他ならぬ松平|碩寿翁《せきじゅおう》であった。
それにしても何のためにこのような所へ、碩寿翁ともある人が、供も連れずに来たのであろう?
それには怪奇な事情がある。
根津仏町|勘解由店《かげゆだな》の刑部《おさかべ》屋敷の露地口で、京助という手代から、一個《ひとつ》の品物を奪い取って以来、碩寿翁は蠱物《まじもの》にでも憑《つ》かれたかのように、心が絶えず動揺し、心が恐怖に
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