が、ムキ出しに日の光にさらされた。艶々とその腕が濡れて見えたのは、滝の飛沫《しぶき》がかかったからであろう。侍女の一人が小枝の背後《うしろ》で、ひざまずくように小腰をかがめて、地に敷こうとしている被衣の裾を、恭しく両手でかかげている。
と、小枝は歩き出した。
蜂が花から花へ飛んで、うたいながら蜜を漁っている。小鳥が八方から翔《か》けて来て、この人達は害をしないよ――そう思ってでもいるかのように、一行の頭上や周囲で啼いた。陽炎《かげろう》がユラユラと上っている。花の匂いと草の匂いとが、蒸せるように匂っている。空は白味を含んではいたが、しかし一|片《ひら》の雲も浮かべず、澄んで遥かにかかっていて、その中に太陽が燃えながら、地上の一行を眺めていた。
手に手に野花を握り持って、楽しそうに歌いながら歩いて行く群の、女達十三人の姿というものは、画中の人物が歩くようであった。時々|草叢《くさむら》から兎が飛び出したり、山猫が唸り声をあげながら、一行の行く手を横切って、ノッソリと林へ入ったりした。遠くに森林が連らなっていたが、その裾を一列の隊をなして、鹿の走って行く優しい姿が、一行の眼に見えもした。
この一行が進めば進むほど、その一行を惑わかすかのように、野には諸々の草や木の花が、数を尽くして咲いていた。
で、一行は我を忘れて、先へ先へと歩いて行く。
いつか白河戸郷を巡っている、連々たる丘からは遠く放れて、曠野の中央の辺りまで行った。
惑わしでなくて何であろう! 一行の進んで行く方角に、白河戸郷を敵と目して、日頃から争いをつづけている、丹生川平があるのであるから。
が、勿論彼女達といえども、五里のへだたりを持っている、丹生川平の領域へまでは漫歩をつづけて行きもしまいが、もしも丹生川平の住民が、この方面へ様子を見に来て、彼女達の姿を認めたならば、見遁して置くようなことはあるまい。
しかし花野の美しさは、彼女達にそういう危険をさえ、感じさせないように思われた。
花を摘んでは手に抱え、歌いながら先へ進んで行く。
丹生川平の人々
はたしてこの頃一群の人数が、丹生川平《にゅうがわだいら》の方角から、こなたへ向かって歩いて来た。
その中の一人は意外にも、醍醐《だいご》弦四郎その人であり、その他は恐らく丹生川平の、住民達であろう、筒袖を着て山袴を穿いて、腰に一本ずつ脇差しを差した、精悍らしい若者達で、その数総勢で十人であった。
花野を踏み踏み歩いて来る。しかしおおっぴらに歩けないのでもあろう、木立があれば木立に隠れ、灌木があれば灌木に隠れ、林があれば林に隠れ、森があれば森に隠れて、忍ぶがように歩いて来る。
「醍醐様そろそろ近づきました。なるだけご用心なさいますよう」
一人の若者がこう云いながら、弦四郎の顔を覗くように見た。
「たかが山奥の住民どもだ、武芸の心得などロクロクあるまい。襲って参らばよい幸いに、この弦四郎みなごろし[#「みなごろし」に傍点]にしてやるよ」
弦四郎は太々しくこんなことを云ったが、
「美しい娘があるということだの?」
「はいはい小枝《さえだ》と申しまして、美しい娘がございます」
「丹生川平の浪江殿と、どっちの方が美しいかな?」
「それを見る人の心々で、どっちがどうとも申されませぬ。二人ながら美しゅうございます」
「浪江殿に負けずに美しいというのか。ふうむ、それは素晴らしいの」と弦四郎は厭らしい笑い方をしたが、
「全く浪江殿はお美しい。ちょっと都にもなさそうだ」
「はいお美しゅうございます」
「性質はちと[#「ちと」に傍点]優しすぎるようだが」
「お父上がああいうお方ゆえ、いろいろご苦労がありまして、陰気になられるのでございましょう」
「いかにも処女らしくて俺《わし》は好きだ」
「山道に迷ったと仰せられて、あなたさまが数人のご家来を連れられ、丹生川平へおいでになって以来、どうやらあなた様におかれては、浪江様に大変ご執心のようで、もっぱら評判でございます」
「そうかな」と弦四郎は苦笑いをしたが、
「丹生川平へ入り込んでから、十日という日が経ってしまった。そのくせ俺《わし》はある重大な、用事を持っている身分で、かつ一人の人間を、探し廻っているのであるが、どうもお美しい浪江殿という、あのお娘ごを見て以来は、外《ほか》へ行くのが厭になってしまった」
「我々住民にとりましては、有難いことにございますよ」
追従めかしくこう云ったのは、額に瘤のある若者であった。
「洵《まこと》に浪江殿はいい娘ごではあるが、父上の宮川覚明殿は、俺には変に人間放れのした、奇怪な人物に見えてならぬ」
弦四郎はこう云うと苦々しく笑った。
「そのくせあの仁に依頼されると、危険だと云われている白河戸郷へ、こうして様子を見に出かけて来る。我な
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