がら変な気持がするよ」
「覚明様は一面霊人、他面魔物にございますよ」
こう怖そうに云ったのは、片眼潰れている若者であった。
「奇怪といえばもう一つある」
弦四郎は云い云い首を傾《かし》げた。
「あの神殿も奇怪なものだ」
「…………」
誰もが返辞をしなかった。
誰も彼も弦四郎が言葉に出した、「神殿」というその言葉に、触れることを憚っているようであった。
「が、俺は覚明殿と約束をしたのさ。俺の力で白河戸郷を、没落させることが出来たなら、浪江殿をくれるか神殿の中へ入れるか、どっちかを果すという約束をな」
しかし弦四郎がこう云っても、若者達は黙っていた。
信用しないぞという様子なのである。
一行は先へ進んで行く。
同じように野からは陽炎が立ち、兎が草の間から飛び出したりした。
一行の歩いて行く影法師が、野の花で絨毯を織っている、曠野の上へ黒々と落ちて、一行が進むに従って、影法師も先へ進んで行き、影法師が進んで行くにつれて、野の花がある時は暗くなり、またある時は明るくなった。すなわち影法師の落ちているところの、野の花は影法師に蔽われて、色と艶とを失って、暗い姿となるのであるが、その反対に影法師が、先へ進んで行ってしまうと、暗い姿であった野の花が、鮮かに色と艶を甦生《よみがえ》らすからであった。
こうして一行は進んで行ったが、一つの小さな林まで来た。
と、その林の向こう側から、女の歌声が聞こえてきた。
で、弦四郎の一行は、顔を互いに見合わせたが、眼を返すと木立の隙《ひま》から、歌声の来る方をすかして見た。
被衣《かつぎ》を冠った一人の乙女を、十数人の娘達が、守護するように囲繞して、各自《めいめい》野花を手にかざして、歌いながらこっちへ歩いて来ていた。
「素晴らしい代物がやって来たぞ」
額に瘤のある若者が、こう頓狂に声を上げた。
「醍醐殿々々々ご覧なされ、被衣を冠っているあの女が、白河戸郷の長をしている、将監の娘の小枝でございますよ」
「そうか」と弦四郎は小枝を見詰めた。
「遠眼でしかとは解らないが、いかさま美しい娘らしい。……が、何のために女ばかり揃って、こんな所へ来たのだろう」
しかし弦四郎にはそんなことは、どうであろうと関係《かかわり》はなかった。
弦四郎はすぐに計画を案じた。
(小枝を奪い取って人質としよう。白河戸郷を苦しめるのに、上越《うえこ》す良策はない)
で、弦四郎は若者達へ云った。
「方々《かたがた》拙者に存じよりがあります。ここに待ち受けて小枝という娘を、奪い取ることにいたしましょう。さあさあ木陰へおかくれなされ」
で、弦四郎をはじめとして、丹生川平の若者達は、木陰に体をひそませて、小枝達の一行の近寄って来るのを、一団にかたまって待ち受けた。
そういう危険が待っているという、そういうことを小枝達が、どうして感付くことが出来よう。野花を摘みながら讃歌をうたい、歌いながら次第に林の方へ、浮き浮きとした様子で近寄って来た。
間もなく小枝達の一行は、林の前まで来ることであろう。
と、弦四郎達の一団が、踊り出て彼女達を襲うであろう。
その結果は知れている。
小枝は奪われるに相違ない。
しかるにこの頃一人の武士が、汚れ垢じみた旅姿で、曠野をこっちへ辿って来た。
他ならぬ宮川|茅野雄《ちのお》であった。
輿《こし》を担《かつ》いで来た二十人の、異様な樵夫《そま》のような人物達に、意外なことから襲われて、数人茅野雄は切りは切ったが、不覚にも崖を踏み外して、谷底深く落ち込んだのは、この日から十日前の深夜のことであった。
脾腹《ひばら》を岩などで打ったからであろう、茅野雄は谷底で意識を失った。
と、何者か呼ぶ者があった。
「お侍様! お侍様!」
で、茅野雄は蘇生した。
年寄りの夫婦の樵夫がいて、茅野雄を親切に介抱していた。
通りかかった良人《おっと》の方の樵夫が、気絶している茅野雄の姿を、谷底で発見したところから、自分の小屋へ連れて来て、妻と介抱して蘇生させたのであった。
爾来茅野雄は小屋の中で、老樵夫夫婦の厄介になり、傷の養生に精を出した。大した負傷でもなかったので、まもなく恢復することが出来た。
で、樵夫夫婦に礼を述べ、丹生川平への道筋を、夫婦の者に教えられ、今朝方|出発《た》って来たのであった。
茅野雄は曠野の美しい景色に、一種の恍惚を感じながら、長閑《のどか》に先へ歩いて行った。
と、その時行く手にあたって、小高い丘が立っていたが、その丘の背後《うしろ》と思われる辺りから、男達の怒声が突如として起こり、つづいて女達の悲鳴が聞こえた。
で、茅野雄は眼をひそめたが、声の来た方を眺めやった。
間断なく男達の怒声が聞こえ、女達の悲鳴がそれにつづいた。大勢の男女が争っ
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