な美しさに充たされていて、しかも犯すことの出来ないような、威厳をさえ持っていた。
 さて今そういう娘の浪江と、茅野雄とが話していたところへ、醍醐弦四郎が現われて来て、話の仲間へ加わったのである。
「いや貴殿は悪人でござるよ」
 茅野雄は磊落《らいらく》の性質から、こだわろう[#「こだわろう」に傍点]ともせずこういうように云った。
「ナーニ拙者は好人物で」
 弦四郎も今日は陽気であった。もっともいつもこの侍は陽気で駄弁家で道化者であって、それを保護色にはしていたが。
「たとえば貴殿と浪江殿とが、そのようにいかにも親しそうに、まるで恋人同志かのように、お話をしているのを見ながら、拙者嫉妬をしないというだけでも、好人物であると云うことが、お解りになるはずでござる」
「馬鹿な!」と、茅野雄は苦々しそうに云った。
「浪江殿と拙者とは従兄妹でござるよ。仲よく話すのは当然でござる」
「そうとばかりも限りますまいよ」
 どうしたのか弦四郎はニヤニヤ笑った。
「案外親戚というものは、表面仲をよくしていて、裏面では仲の悪いもので」

神殿の中の物?

「そういうものでござるかな」
 茅野雄はうるさ[#「うるさ」に傍点]そうにすげなく云った。
 が、弦四郎は云いつづけた。
「親戚の一方が出世をすると、他の一方が嫉妬をする。親戚の一方が零落すると、他の親戚は寄りつかない。競争心の烈しいもので。さよう親戚というものはな」
「他人同志でも同じでござろう」
「なまじいに血潮が通っているだけ、愛憎は強うございますよ。さようさよう親戚の方が」
「兄弟などは親戚中でも、特に血の濃いものでござるが『兄弟|垣《かき》にせめげども、外その侮《あなど》りを防ぐ』と云って、真実仲よくしていますがな」
「が、一旦垣の中を覗くと、他人同志では見られないような、財産争いというような、深刻な争いがありますようで」
「が、幸い我らには――さよう、浪江殿と拙者とには――いや拙者と伯父一族とには、そのような争いはありませぬよ」
「御意!」と、弦四郎は道化た調子で云った。
「だからこそ拙者申しましたので、貴殿と浪江殿とは恋人かのように、大変お仲がよろしいとな」
「御意!」
 今度は茅野雄が云った。
「大変お仲がよろしゅうござる。その上に貴殿というような、おせっかい[#「おせっかい」に傍点]な人物が現われて、恋人らしい恋人らしいと、はた[#「はた」に傍点]から大袈裟にけしかけ[#「けしかけ」に傍点]などしたら、事実恋仲になろうもしれない」
「よい観察! その通りでござる」
 弦四郎はこう云うと憎々しそうにした。
「が、永遠の処女として、丹生川平の郷民達から、愛せられ敬まわれ慕われている、浪江殿を貴殿が手に入れられたら、郷民達は怒るでござろう」
「さようかな」
 と、茅野雄であったが、軽蔑したように軽く受けた。
「郷民達が怒る前に、貴殿が怒るでございましょうよ」
「…………」
「と云うのは貴殿こそ浪江殿に対して、恋心を寄せておられるからで」
 これには弦四郎も鼻白んだようであったが、負けてはいなかった。
「いかにも某《それがし》浪江殿を、深く心に愛しております。覚明殿にも打ち明けてござる。と、覚明殿仰せられてござる。『白河戸郷を滅ぼしたならば、浪江を貴殿に差し上げましょう』とな」
「ほう」と、茅野雄はあざける[#「あざける」に傍点]ように云った。
「覚明殿が許されても、肝心の本人の浪江殿が、はたして貴殿へ行きますかな?」
 するとその時まで沈黙して、次第に闘争的感情をつのらせ[#「つのらせ」に傍点]、云い合っている二人の武士の、その言い争いを心苦しそうに、眉をひそめて聞いていた浪江が、優しい性質を裏切ったような、強い意志的の口調で云った。
「妾《わたし》は品物ではございません。妾は人間でございます。妾は妾の愛する人を、妾の心で選びますよ!」
 で、茅野雄も弦四郎も白けて、しばらくの間は無言でいた。
 ここは小川の岸であって、突羽根草《つくばねそう》の花や天女花《てんにんか》の花や、夏水仙の花が咲いていた。小川には水草がゆるやかに流れ、上を蔽うている林の木には、枝や葉の隙《すき》から射し落ちて来る日の光に水面は斑《ふ》をなして輝き、底に転がっている石の形や、水中を泳いで行き来している小魚の姿を浮き出させていた。
 一筋の日光が落ちかかって、首を下げている浪江の頸《うなじ》の、後れ毛を艶々《つやつや》しく光らせていたが、いたいたしいものに見えなされた。
 そういう浪江と寄り添うようにして、腰をかけている茅野雄の大小の、柄の辺りにも日が射していて、鍔《つば》をキラキラと光らせていた。
 その前に立っている弦四郎の態度の、毒々しくあせって[#「あせって」に傍点]いることは! 両足を左右にうん[#「う
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