雨のように、草叢の中から聞こえてくる。音らしいものと云えばそれだけである。
 と、その僧は手を上げて法衣の襟をほころばせたが、そこから紙片を取り出した。そして無言で手を延ばして、その紙片を縁の上へそっと大事そうに置いたのである。



 その紙片こそは由井正雪が臨終に際して書きのこしたところの世にも珍らしい遺書《かきおき》なのであって、慶安謀叛の真相と正雪の真価とを知りたい人には無くてならない好史料なのである。
 私がそれを手に入れたのはほんの偶然のことからであって、意識して求めた結果ではない。しかし私がその遺書のある肝心の部分だけを解り易い現代語に書き直して発表するということには多少の意味がある意《つもり》である。
 とはいえ私は説明はしまい。意味を汲み取るのは読者の領分で私は記載するばかりである。

   ――以下正雪の遺書――

(前略)……老中松平伊豆守様。貴方《あなた》はきっと驚かれるでしょう。それが私には眼に見えるようです。貴方は恐らくこう仰有《おっしゃ》るでしょう。
「なに正雪が自殺したと? そうしてそれは真実《ほんと》かな?」と。
 ――そうです、それは真実なのです。
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