て行く。夜番の鳴らす拍子木の音が、屋敷を巡って聞こえるのさえ、今夜は沁々《しみじみ》と身に浸る。戸の隙からでもまぎれ込んだのであろう、大形の蚊が輪を描きながら燈皿の周囲《まわり》を廻っていたが、ふと焔先に嘗められて畳の上へ転び落ちた。
その時人の気勢《けはい》がしたが、静かに襖が開けられて、公用人の志摩の顔が開けられた隙から現われた。
「何じゃ?」と、伊豆守は物憂そうに訊く。
「は」と志摩は恐る恐る、
「只今、僧形の怪しい男、是非とも御前にお目通り致し申し上げたき事ござる由にて御門口迄罷り出でましたる故、きっと叱り懲らしましたる所……」
「解《わか》った」と、何か伊豆守には思い当たることでもあると見えて、いつになく早速に聞き届けた。
「その者庭前に差し廻すよう」
「は」と志摩は額を摺り付け、襖を閉じると立ち去って行った。
間もなく一人の大入道が、袂下《たもとさげ》にされて引き出された。生々しい焼傷が顔を蔽うて目口さえろくろく見分けが付かない。墨染の法衣《ころも》は千切れ穢れてむさい臭気さえ漂って来る。
伊豆守は故意《わざ》と人を遠ざけ、親しく縁へ出て差し向かった。
虫の鳴く音が
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