、袴なしの着流しで、塗り下駄を穿いた二十八、九歳の、貴人のように威厳のある武士が三十五、六の大兵の武士を、後に従えて人の群から離れ、町の方へ静かに歩きつつあった。
(こういう俗悪の世になると、ああいう神聖な人物も出る。反動的とでも云うのだろう)
貝十郎はこう思いながら、雀色になった夕暮れの中に、消え込んで行くその人の姿を、尊いもののように見送ったが、やがて藤兵衛へ近寄って云った。
「これ、薬を一袋くれ」
買った薬を懐中し、貝十郎は歩き出した。
(お篠という女が側室《そばめ》に上がった。……お篠という女に似た女が、盛んに変な狂人《きちがい》になる。……『ままごと』という変わった道具。……松本伊豆守が頻《しき》りに使う、……お品という娘がお篠に似ている。……松本伊豆守の用人がお品の店へ出入りをする。……一月十五日に『ままごと』が、伊豆守の邸へ届けられる。……新八郎氏がお品の情人《いろ》。……藤兵衛の売っていたこの薬? ……玄伯老にでも訊ねてみよう)
蘭医杉田玄伯の家へ、貝十郎がはいって行ったのは、初夜を過ごした頃であった。
三
こういうことがあってから、幾日か経
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