った。と、庭から驚いたような、お豊の声が聞こえて来た。
「ま、猪之助さん! どうしたのです!」
男の答える声がしたが、兇暴な響きを持っていた。
「退け! 今夜こそ埒《らち》をあけるんだ!」
「いけません! ……おお、誰か来てください!」
「敵《かたき》だ! 畜生め! 親の敵だ! ……待って待って待っていたのだ! ……他国からこの地へやって来て、こんな山の中へ住み込んで! 金……命を取るか、金を取るかと! ……やい、放せ! 埒をあけるのだ!」
「危険《あぶな》い! そんな、刃物なんか! ……誰か来てください! あッ誰か!」
(これはいけない)と貝十郎は、素早く入り口の方へ走って行った。が、こういう瞬間にも彼は疑問を脳裡へ浮かべた。
(俺の耳へさえ聞こえて来たのだ。隼二郎にも聞こえなければならない。どうして助けに行かないのだろう?)――で彼は庭へ飛び出すより先に、隼二郎のいる部屋を覗いて見た。
「いない! ……どうしたのだ、隼二郎はいない!」
部屋は洋風に出来ていて、巨大な飾り棚や頑丈な卓や、椅子や書架が置いてあり、卓の上には杉田玄伯や、前野良沢や大槻玄沢や、貝十郎にとっては知己にあた
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