の音。驚いた武士が首を延ばして河の中を見下ろすと、苫船《とまぶね》が一隻|纜《もや》っている。とその苫が少し引かれて半身を現わした一人の船頭。じっと[#「じっと」に傍点]水面を隙かしているのは老人の死骸を探すらしい。
 とたんに寒月が雲を割り蒼茫たる月光が流れたが、二人はハッと顔を見合わせた。船頭の頬には夜目にも著《しる》く古い太刀傷が印されている。

        三

 寛永といえば三代将軍徳川家光の治世であったが、この頃三人の高名の賊が江戸市中を徘徊した。庄司甚内《しょうじじんない》、勾坂《こうさか》甚内、飛沢《とびさわ》甚内という三人である。姓は違っても名は同じくいずれも甚内と称したので、「寛永三甚内」とこう呼んで当時の人々は怖《お》じ恐れた。
 無論誇張はあるのであろうが「緑林黒白」という大盗伝には次のような事が記されてある。
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「庄司甚内というは同じ盗賊ながら日本を回国し、孝子孝女を探し、堂宮の廃《すた》れたるを起こし、剣鎗に一流を極わめ、忍術に妙を得、力量三十人に倍し、日に四十里を歩し、昼夜ねぶらざるに倦む事なし。
飛沢甚内というは同列の盗賊にして
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