「いめえましい三ぴんだ。隙ってものを見せやがらねえ。やい! 一思いに切ってかからねえか!」
「えい!」
 と初めて声を掛け、右手寄りにツツ――と詰める。
「わっ、来やがった、あぶねえあぶねえ」
 これは左手へタタタと逃げる。逃がしもあえず踏み込んだが同時に左手が小刀へ掛かると掬い切りに胴へはいった。血煙り立てて斃《たお》れたか! 非ず、そこに横たわっていた老人の死骸へ躓《つまず》いて頬冠りの男は転がったのである。
「まだか!」と武士は気を焦《いら》ち右剣を延ばして切り下ろした、溺れる者は藁《わら》をも握《つか》む。紙一枚の際《きわ》どい隙に金剛力を手に集め寝ながら抱き起こした老人の死骸。すなわち楯となったのである。
「えい、邪魔だ!」
 と足を上げ武士は死骸をポンと蹴る。二つばかり転がったが、ゴロゴロと河岸の石崖伝い河の中へ落ちて行った。パッと立つ水煙り。底へ沈むらしい水の音。……その間に男は起き上がると二間余りも飛び退ったが、手には印籠を握っている。倒れながら拾った印籠である。
 その時であったが水の上から欠伸《あくび》する声が聞こえて来た。続いて吹殻《ほこ》を払う煙管《きせる》
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