質一方の構えである。
 相手の男はそれに反してまるで剣術など知らないらしい。身の軽いを取り柄にしてただ翩翻[#「翩翻」は底本では「翻翩」]《へんぽん》と飛び廻るばかり[#「ばかり」は底本では「だかり」]だ。ただし真剣白刃勝負の、場数はのべつ[#「のべつ」に傍点]に踏んでいるらしい。その証拠には勝ち目のないこの土段場に臨んでもびく[#「びく」に傍点]ともしない度胸で解る。
 じっと[#「じっと」に傍点]二人は睨み合っている。
 初太刀の袈裟掛け、二度目の突き、三度目の真っ向拝み打ち、それが皆《みんな》外されたので武士は心中驚いていた。
「世間には素早い奴があるな。それにやり方が無茶苦茶だ。喧嘩の呼吸《いき》で来られては見当が付かず扱かいにくい。草履を眉見に投げ付けられたでは俺の縹緻《きりょう》も下がったな。……不愍《ふびん》ながら今度は遁がさぬぞ」
 独言《ひとりご》ちながらつと[#「つと」に傍点]進んだ。相変わらず左手は遊ばせている。
「へ、畜生、おいでなすったな」
 此方《こなた》、男は握った匕首《あいくち》を故意《わざ》と背中へ廻しながら、ひょいと[#「ひょいと」に傍点]一足退いた
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