ところ》へ突っ込むと初めて匕首《あいくち》を抜いたものである。
「さあ来やあがれこん畜生!」――こう罵った声の下からハッハッハッと大息を吐くのは体の疲労《つか》れた証拠である。しかも彼は罵りつづける。
「……おおかたこうだろうとは思っていたが騙《だま》し討ちとは卑怯な奴だ。俺で幸い他の者なら、とうに初太刀でやられる[#「やられる」に傍点]ところだ。……さてどこからでも掛かって来い! 背後《うしろ》を見せる俺じゃねえ。おや、こん畜生黙っているな。何んとか云いねえ気味の悪い野郎だ」
云い云いジリジリと付け廻す。相手の武士は片身青眼にぴたり[#「ぴたり」に傍点]と付けたまま動こうともしない。
しかし不動のその姿からは形容に絶した一道の殺気が鬱々《うつうつ》として迸《ほとば》しっている。どだい[#「どだい」に傍点]武道から云う時はまるで勝負にはならないのであった。武士の剣技の精妙さは眼を驚かすばかりであって名人の域には達しないにしても上手の域は踏み越えている。絶えず左手は遊ばして置いて右手ばかりを使うのであるが、それはどうやら円明流らしい。空掛け声は預けて置いて肉を切らせて骨を切るという実
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