三甚内
国枝史郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)森然《しん》と

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一人|殺《や》られ

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)つと[#「つと」に傍点]
−−

        一

「御用! 御用! 神妙にしろ!」
 捕り方衆の叫び声があっちからもこっちからも聞こえて来る。
 森然《しん》と更けた霊岸島の万崎河岸の向こう側で提灯の火が飛び乱れる。
「抜いたぞ! 抜いたぞ! 用心しろ」
 口々に呼び合う殺気立った声。ひとしきり提灯が集まって前後左右に揉み合ったのは賊を真ん中に取りこめたのであろう。しかし再びバラバラと流星のように散ったのは、取り逃がしたに相違ない。
「あッ」――と悲鳴が響き渡った。捕り方が一人|殺《や》られたらしい。
「逃げた逃げた、それ追い詰めろ!」
 ドブン! ドブン! と、水の音。捕り方が河へ投げ込まれたのだ。
 一つ消え二つ消え、御用提灯が消えるに連れて呼び合う声も遠ざかり、やがて全くひっそりとなり、寛永五年|極月《ごくげつ》の夜は再び静けさを取り返した。
 
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