する。ギョッとして武士は足を早める。
「お待ちなせえ!」と――また呼んだ。
無言で振り返った鼻先へ、天水桶の小蔭からヒラリと飛び出した男がある。頬冠《ほおかぶ》りに尻端折《しりはしょ》り、草履は懐中へ忍ばせたものか、そこだけピクリと脹れているのが蛇が蛙を呑んだようだ。
「身共《みども》に何ぞ用事でもあるかな?」
しらばっくれて[#「しらばっくれて」に傍点]武士は訊いた。
「ふてえ[#「ふてえ」に傍点]分けをおくんなせえ」頬冠りの男は錆《さび》のある声でまず気味悪く一笑した。
「なるほど」
と武士もそれを聞くと軽い笑いを響かせたが、
「いや見られたとあるからは、仲間の作法捨てては置けまい」
云い云い懐中へ手を入れると、しばらく数を読んでいたが、ひょいと抜き出した左手には、十枚の小判が握られていた。
「怨恋《うらみこい》のないようにと二つに割って十両ずつさあやるから取るがいい」
「え、十両おくんなさる?」さもさも感心したように、「いやもくれっぷりのよいことだの。それじゃ余《あんま》り気の毒だ」
さすがに尻込みするのであった。
二
「なんのなんのその斟酌《しんし
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