人殺しだア!」
咽喉《のど》を絞って叫ぶのであった。
「えい、これほどに申しても理不尽に高声を上げおるか! 黙れ黙れ黙れと申すに!」
首根ッ子を引っ掴みグイグイ二、三度突きやった。
「ひ、ひ、人殺しイ……」
まだ嗄れ声で喚《わめ》きながら両手を胸の辺で泳がせたが、にわかにグタリと首を垂れた。
驚いて武士は手を放す。と、老人は俯向けに棒を倒すように転がった。
「南無三……」
と云うのも口のうち、武士は片膝を折り敷いて、老人の鼻へ手をやったが、
「呼吸がない」と呟いた。グイと胸を開けて鳩尾《みぞおち》を探る。その手にさわった革財布。そのままズルズルと引き出すと、まず手探りで金額《たか》を数え、じっとなって立ち縮《すく》む。
「ふふん」
と鼻で笑った時には、ガラリ人間が変わっていた。
「飛び込んで来た冬の蠅さな。死《くたば》ったのは自業自得だ。押し詰まった師走《しわす》二十日に二十両たア有難え」
ボーンと鐘の鳴ろうと云うところだ。凄く笑ったか笑わないか、おりから悪い雪空で、そこまでは鮮明《はっき》り解らない。
スタスタと武士は行き過ぎようとした。
「お武家様!」
と呼ぶ声が
前へ
次へ
全27ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング