か[#「つかつか」に傍点]と行った。
 座敷の真ん中に文台がある。文台の上には甚内にとって見覚えのある印籠がある。そしてその側には添え状がある。
「進上申す印籠の事。
  旧姓、飛沢。今は、今日の捕手頭《とりかたがしら》[#地から2字上げ]富沢甚内より

  勾坂甚内殿へ」
「あっ」思わず声を上げた時。
「御用!」と鋭い掛け声がしたと同時にどこからともなく投げられた縄。甚内はキリキリと縛り上げられた。
「ワッハッハッハッ」
 と、哄笑する声が続いて耳もとで起こったが、それと一緒に天井の梁《はり》からドンと飛び下りたものがある。
 細い縞の袷を着、紺の帯を腰で結び、股引きを穿いた足袋跣足《たびはだし》、小造りの体に鋭敏の顔付き。――商人《あきんど》にやつした目明しという仁態。それがカラカラと笑っている。
 それは紛れもない五年以前に川口町の天水桶の蔭から、ヌッと姿を現わして勾坂甚内を呼び止めたあげく、その甚内に切り立てられ危く命を取られようとした匕口《あいくち》を持った若者であった。
 そうと知った甚内は心中覚悟の臍《ほぞ》を決めた。
「いよいよいけねえ」と思ったのである。
「瞞《だま》
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