がら、
「怨めしいはお前。……恋しいもお前。……二筋道に迷った妾《わたし》。……冥土へ行ってお父様へ何んとお詫びを申そうぞ。……生きてはおれず、死んでも死なれぬ。……南無阿弥陀仏。夢でござんした。……」
そのまま呼吸《いき》は絶えたのである。
トントントントンとその刹那、表戸を続けて打つものがある。
「開けろ開けろ」と野太い声。
「南無三宝! 手が廻った!」
悲嘆から醒めて飛び上がる甚内。それを制して甚右衛門はフッと行燈《あんどん》を吹き消したが、ツツーと窓へ忍んで行き、そっと見下ろす戸外には、積もって解けぬ初雪白く、ポッと明るいここかしこに、一団、二団、三団、と捕り手の黒い影が見える。
「とても表へは出られねえ。こっちへこっちへ」
と梯子を下る。
六
今は火急の場合である。甚内は本意ではなかったが、投げ合掌と捨て念仏、お米の死骸へ義理を済ますと、すぐ甚右衛門の後へ従《つ》いて幾個《いくつ》かの梯子段を下りて行った。
裏の木戸口には人影もない。
「さあこの隙に。……ちっとも早く……」
そっと甚右衛門は囁いた。
「兄貴、お礼の言葉もねえ」
「なんの昔は同
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