ら気が付いたらしい。いかにもあの時の船頭だ。……お前あの時罪もねえ可哀そうな老人《としより》を締め殺したっけのう」
「殺すつもりはなかったが時のはずみ[#「はずみ」に傍点]で力がはいり殺生なことをしてしまった」
「その老人の一人娘がお前の馴染のあのお米よ」
「それとも知らぬお米の口からたった今聞いて驚いたところさ」
「枕交わすが商売とは云え、親の敵と馴染むとは……」
「知らぬが因果の畜生道さ」
「お米にとっては尽きぬ怨み……」
「俺にとっては勿怪《もっけ》の幸い」
「おい、勾坂の、どうするつもりだ?」
「お米が俺を討つ気なら宣《なの》って殺されてやるつもりよ。が、討つ気はよもあるめえ。二世さえ契った仲だからの。二世を契れば未来も夫婦! 俺を殺せば良人《おっと》殺しだ!」
「あっ!」
 と魂消《たまげ》る女の声が隣りの部屋から聞こえて来た。
 二人一緒に立ち上がり颯と開けた襖の彼方《かなた》に伏し転《まろ》んでいるのはお米であった。
「や、お米、咽喉《のど》突いたな!」
「傷は浅い! しっかりしろ!」
 左右から抱かれて眼をひらき、
「親方さん、おさらばでござんす」
 甚内の顔を見詰めな
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