いことだな。……で、敵は何者だな?」
「さあそれが解っておりさえしたら、こんな苦労は致しませぬ」
「父を討たれたはいつ頃だな?」
「五年前の極月《ごくげつ》二十日、初雪の降った晩のこと、霊岸島の川口町で無尽に当たった帰路《かえりみち》を、締め殺されたそのあげく河の中へ投げ込まれ、死骸の揚がったはその翌日、その時以来家運が傾き質屋の店も畳んでしまい、妾《わたし》はこうして遊女勤め、悲しいことでござります」
 涙の顔を袖で抑えお米は甚内の膝の上へとん[#「とん」に傍点]と体を投げかけたが、とたんに襖が断りもなくスルリと外から開けられた。

        五

「誰だ!」
 と甚内が振り返る。
「声も掛けず開けましたはとんだ私の不調法、真っ平ご免くださいますよう」
 こう云いながら坐ったのは、甚内よりも十歳ほど更けた四十五、六の立派な人物、赧ら顔でデップリと肥え、広袖姿がよく似合う。
「ま、お前はご主人さん。それでは妾《わたし》は座を外し」
「うん、そうさな、では少しの間、座を外して貰おうか」
「はい」と云って出て行くお米、主人庄司甚右衛門はスルスルと前へ膝行《いざ》ったが、
「客人、いや
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